近年、働き方改革が進められ、「ワークライフバランス」という言葉も浸透してきました。「仕事とプライベートとの両立」をイメージすることの多いこの言葉について、今回の記事では改めてワークライフバランスの定義や注目される理由、実際に企業が取り組める方法をご紹介します。
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ワークライフバランスの定義とは
ワークライフバランスは、内閣府によると「仕事と生活の調和」と定義されています。
では、「仕事と生活の調和が実現した社会の姿」とはどんな社会なのか。以下の3つの要素を満たした社会を目指すべきと明記されています。
1.就労による経済的自立が可能な社会
経済的自立を必要とする者とりわけ若者がいきいきと働くことができ、かつ、経済的に自立可能な働き方ができ、結婚や子育てに関する希望の実現などに向けて、暮らしの経済的基盤が確保できる。
2.健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会
働く人々の健康が保持され、家族・友人などとの充実した時間、自己啓発や地域活動への参加のための時間などを持てる豊かな生活ができる。
3.多様な働き方・生き方が選択できる社会
性や年齢などにかかわらず、誰もが自らの意欲と能力を持って様々な働き方や生き方に挑戦できる機会が提供されており、子育てや親の介護が必要な時期など個人の置かれた状況に応じて多様で柔軟な働き方が選択でき、しかも公正な処遇が確保されている。
内閣府 男女共同参画局 仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章
新たに広がる「ワークライフインテグレーション」という考え方
仕事とプライベートの調和を目指す言葉として「ワークライフバランス」が使われていますが、近年では「ワークライフインテグレーション」という考え方も普及してきています。
ワークライフバランスは、仕事とプライベートを切り分けて両者のバランスを取っていくことを意味することが多い中、ワークライフインテグレーションは、仕事とプライベートは相対するものではなく、人生を充実させるための大切な要素であり、境界線を無くし「インテグレーション(統合)」しながら両者の向上を目指す考え方です。
仕事とプライベートを線引きせず、人生という大きな枠で考えるため、「家庭が充実することで仕事のモチベーションが上がる」といった相互作用を重要視しています。
ワークライフバランスもワークライフインテグレーションも、仕事とプライベートに対する考え方は多少異なりますが、根底にある「人生を豊かにする」という目標は変わりません。
また、ワークライフバランスについて考える際には、「ファミリーフレンドリー」と「男女均等促進」という2つの概念が存在します。
ファミリーフレンドリー
「ファミリーフレンドリー」とは、仕事と家庭の両立支援のことを指し、働きながら育児や介護をするための制度や環境を整えることを意味しています。
厚生労働省は、介護や子育てをしている従業員にやさしい仕組みがある企業を「ファミリーフレンドリー企業」として毎年表彰をおこなうことで、国としても仕事と家庭の両立の支援に取り組んでいます。2007年からは「均等推進企業表彰」と統合し、「均等・両立推進企業表彰(ファミリー・フレンドリー企業部門)」として実施しています。
男女均等促進
「男女均等促進」は、1985年に策定された「男女雇用機会均等法」を受けて制定されています。男女の性別を理由とした差別を禁止し、能力を発揮するための均等な機会が与えられることを意味しています。
「男女雇用機会均等法」が整備されてから35年以上が経過していますが、現状では雇用形態における男女差や、年収、昇進率、管理職における女性の割合など、平等な社会とは言えない部分も多く残っています。
また、世界の国と比較しても、日本における男女差の格差は大きいという結果が出ています。世界経済フォーラム(WEF)が発表した、世界153か国を対象にした「世界ジェンダー・ギャップ報告書2020」によると、経済、政治、教育、健康の4つの分野の総合スコアにおいて、日本は121位となっており、社会の中で女性の活躍や労働参加が難しいということを表しています。
なぜワークライフバランスが重要視されるのか
日本では少子高齢化による労働者人口の減少が問題となっています。経済産業省によると、働き手となる生産年齢人口比率(15~64歳)は1990年代から減少し続け、今後も減少が加速すると予測されています。
労働力が不足することで一人当たりの負担が大きくなり、その結果、長時間労働が増加し、身体や心の健康を害して休職や退職に至ってしまうことや、子育てや介護との両立が難しいといった問題にもつながります。
参考:経済産業省『2050年までの経済社会の 構造変化と政策課題について』
さらに、女性の社会進出も影響しています。1980年頃には専業主婦世帯が1100万世帯でしたが、1990年代になると共働き世帯と同数となり、2020年には専業主婦世帯が571万世帯にまで減少、共働き世帯が1240万世帯に増加しています。
参考:独立行政法人労働政策研究・研修機構『専業主婦世帯と共働き世帯』
一方で、女性は20代~40代にかけて、結婚や出産、育児などを機に離職する傾向が高くなっています。また、パートタイム労働者の割合を見ると、女性は25~29 歳以降年齢が上がるとともに高くなり、30~34 歳で50%を超え、55~59 歳では70%がパートタイム労働者として従事しています。
つまり、ライフイベントが発生した際には仕事と両立することができず、戦線離脱しなければならない環境であり、正規労働者として復帰することが難しい状況だと言い換えることもできるでしょう。
働き手が離職してしまうことは、企業にとっても損失につながります。また、こうした状況は、ワークライフバランスが目指す「多様な働き方・生き方が選択できる社会」とは言えないため、是正していく必要があるでしょう。
ワークライフバランスの実現によるメリット
ワークライフバランスが実現すると、企業や従業員にとって具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。
企業にとってのメリット
- 優秀な人材を獲得できる
- 女性社員が定着する
- 従業員のモチベーションが向上する
- 労働生産性が改善される
- 残業によるコストの削減につながる
- 優良企業のイメージが醸成される
従業員にとってのメリット
- 個人に合わせた働き方ができる
- 家族や友人と過ごす時間が増加する
- 心身の健康維持につながる
- 自己啓発や自己実現のための時間を持てる
- 地域活動へ参加する機会が増加する
上記のように、ワークライフバランスの充実は企業にとっても従業員にとってもさまざまな良い変化をもたらすでしょう。
ワークライフバランスの実現のために取り組めること6選
では、企業としてワークライフバランスを実現するために何をすればいいのでしょうか。実践したい取り組みについて見ていきましょう。
①育児休業(育児休暇)
育児休暇とは、1歳に満たない子どもを育てる労働者が、子を養育するために取得できる休暇制度です。近年では男性の育児休業の取得率の向上にも注目が集まっています。
しかし、厚生労働省が2019年におこなった「雇用均等基本調査」では、育児休業取得率は年々増加しているものの、女性が83.0%、男性が7.48%となっており、現状では男性の取得率は低い割合にとどまっています。
こうした背景もあり、厚生労働省は2022年4月より、企業が育児休業の対象となっている従業員に対し、取得を促すよう周知することを義務化する方針を打ち出しました。
参考:厚生労働省:第34回労働政策審議会雇用環境・均等分科会
また、株式会社ワーク・ライフバランスは「男性育休100%宣言」を打ち出し、さまざまな企業を巻き込み、男性の育児休業取得率100%に向けた取り組みを進めています。
②短時間勤務制度
休暇ではなく働く時間を短くすることで、介護や育児に関わる従業員の負担を軽くする制度です。現在では、育児休暇から復帰した女性社員が利用の対象となるケースが多くありますが、今後は両親の介護をおこなう男性や管理職などの従業員が利用することを想定し、制度を見直すことも大切です。
例えば子どもが幼い場合には、体調不良や学校行事などで仕事を休まなくてはならないことがあり、場合によっては休みが多いことを理由に解雇や異動をさせられるケースもあります。こうしたケースを無くすためには、勤務時間を2~3時間ほど短縮して働けるようにし、介護や育児が落ち着いてきたらフルタイム勤務に切り替えられるよう、従業員の働き方に合わせて柔軟に対応する必要があります。
2019年に厚生労働省がおこなった「雇用均等基本調査」では、育児のための所定労働時間の短縮措置等の各制度の有無について、「短時間勤務制度がある事業所」は67.4%となっていますが、「利用者がいるか」という問いでは17.7%となっており、短時間勤務制度はあるが利用できていない人が多いことが読み取れます。
③長時間労働の削減
長時間労働は、日本の労働環境で大きな問題となっています。2019年4月から働き方改革関連法案が施行され、月45時間以上の残業は原則禁止となりましたが、リクルートワークス研究所がおこなった「全国就業実態」についてのパネル調査では、月に45時間以上残業をしている雇用者の割合は12.4%にのぼり、中でもトラックドライバーやタクシードライバー、小中高教員などでは30%以上が月に45時間以上残業をしているとの結果が出ています。
また、2021年3月には、中央省庁で働く国家公務員のうち「過労死ライン」の月80時間を超える超過勤務をした職員が、2020年12月からの3か月間で約6500人いたことも話題になりました。
しかし、残業時間の削減のために、従業員に対して強制的に退勤させる方法を取ったとしても、仕事量の調整や業務改善をおこなわなければ、終わっていない仕事を自宅に持って帰って作業することや、一度退勤してからまた会社に戻ってくるといった事態を引き起こすことになり、長時間労働の本質的な解決にはなりません。
長時間の労働は、従業員のモチベーションや作業効率の低下だけでなく、身体やメンタルにおける不調にもつながります。従業員が健康に働けるよう、会社として方針を定めることも大切です。
参考:「健康経営」最前線。「健康経営銘柄2021」の事例に学ぶ行動変容を促す施策と投資ポイント
④フレックスタイム制度
フレックスタイム制度は、一定の期間についてあらかじめ定めた総労働時間の範囲内で、労働者が日々の始業・終業時刻、労働時間を自ら決めることのできる制度です。
企業は任意で一日の中で必ず出社していなければならない「コアタイム」や、従業員がいつ出社・退社してもいい「フレキシブルタイム」を設けることもできます。そのため、通勤ラッシュを避けて出社ができたり、有給休暇を取得するほどでもない私用の用事を済ませたり、急な用事で早く退勤したりすることが可能になります。
厚生労働省がおこなった「就労条件総合調査」では、変形労働時間制を採用している企業は59.6%となっており、その内フレックスタイム制を導入している企業は6.1%に留まっているとのことです。
⑤テレワークの実施
テレワーク(リモートワーク)とは、パソコンやスマートフォンなどの情報通信技術を活用し、場所や時間を有効に活用する柔軟な働き方です。
在宅勤務やモバイルワークではオフィスに出社する必要がないため、子育てや介護などで働く時間に制限がかかってしまう状況でも時間に融通を利かせて働くことができるようになり、地方や海外に住んでいても働き続けることが可能になります。
テレワークの実施は企業にとってもリスク分散やコスト削減になり、従業員にとってはストレスの削減や生産性の向上にもつながります。
しかし、株式会社パーソル総合研究所が2020年11月に調査した「テレワーク実施率」では、正社員のテレワーク実施率は全国平均で24.7%となっており、政府の推奨する「テレワーク実施率70%」に至るには、長い道のりが予想されます。
参考記事:テレワークのメリット・デメリットとは?新しい働き方が企業にもたらす変化【働き方改革】
⑥福利厚生サービスの充実
会社が従業員に対して提供する福利厚生には、大きく分けて9種類があります。
- 住宅
- 健康・医療
- 慶弔・災害
- 育児・介護
- 自己啓発
- 業務・職場環境
- 休暇
- 文化・体育・レクリエーション
- 財産形成
福利厚生の充実は、従業員が仕事以外に使える時間や手当が増えることで生活の質が上がり、仕事においてもモチベーションアップや効率性・生産性の向上など、好循環を生みやすくなります。
中でも「食堂・昼食補助」、「住宅手当・家賃補助」、「余暇施設、宿泊施設・レジャー施設などの割引制度」などが、人気の福利厚生として多くの企業に取り入れられています。
まとめ
「長時間働くこと」や「会社への忠誠心」といった考え方や働き方から、時代は変わってきています。ワークライフバランスの向上を目指すために企業が制度を整えることも大切ですが、制度を作るばかりではなく、個人個人にさまざまな背景や事情があることを理解した上で、実際に従業員が制度を活用しやすい職場環境にしていくことが求められます。
ワークライフバランスの実現のために、企業や個人にできることから始めてみてはいかがでしょうか。