2019年4月1日に「働き方改革関連法」が施行され、丸2年が経ちました。企業における働き方改革への取り組みはどの程度進んでいるのでしょうか。長時間労働の是正、正規・非正規の格差解消、多様な働き方の実現。改革の3つの柱に対する具体的な施策は? また、企業への調査結果から改革を進める上での新たな人事課題も浮上しています。企業への調査結果から働き方改革の今をレポートします。
Contents
働き方改革とは
高度経済成長を支えた長時間労働を前提とした働き方は、今や通用しません。少子高齢化による生産人口の減少や、働き方のニーズの多様化など、状況は大きく変わりつつあります。働く人がそれぞれのライフステージに合わせて働き方を選択できる社会の実現のために行われている改革です。
働き方改革のポイント
1.長時間労働の是正 36協定の締結
日本人は勤労、というイメージはどこからきているのでしょうか。「過労死」という言葉は、英語圏で「karoushi」と表現されます。海外には「過労死」という概念がないのです。過労死の背景として、日本では長く働くことが良いこと、評価につながる傾向があります。そして長時間労働による弊害はたびたび問題となっていました。
世界保健機関(WHO)が2021年5月に発表した調査では、世界で長時間労働により死亡した人は、74万5000人にのぼることが明らかになりました。長時間労働により、脳卒中や心臓病を発症する確率は高くなり、心身の健康をむしばむ長時間労働については、国際的に問題視されています。
我が国の労働基準法では、労働時間は1日8時間、1週40時間までとされています。また、毎週1回以上の休日が原則となっています。加えて、時間外労働や休日労働を行う場合は、労働基準法第36条に基づき、労使協定(サブロク協定)を締結し、所轄の労働基準監督署長に届け出る必要があります。
時間外労働の上限規制
2019年4月に施行された「時間外労働の上限規制」(中小企業は2020年4月導入)は、労働時間の上限を設け、罰則を伴うものになりました。
これまでは、特別条項を設けることで上限なく時間外労働を行わせることができましたが、現在は、法律に規定され、臨時的な特別な事情がある場合でも上限が設定されました。
2.年5日の年次有給休暇の確実な取得
2019年4月からルールが大きく変わりました。年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者には、使用者が時期を指定して5日を取得させなければなりません。
有給取得率は56.3%と過去最高に
厚生労働省が行っている就労条件総合調査によると、令和2年の年次有給取得の取得率は56.3%と過去最高を記録しています。年次有給休暇の計画的付与制度がある企業は、43.2%と有給の確実な取得を目的とした法改正が後押ししていることが伺えます。
3.同一労働同一賃金
同一労働同一賃金は、正社員と非正規社員(パートタイム労働者、有期雇用労働者、派遣労働者)との間の不合理な待遇差をなくすことを目的として、2020年4月(中小企業は2021年4月より適用)より施行されました。企業に求められる整備事項としては、以下があります。
- 待遇差について、不合理な待遇差をなくすための規定の整備
- 労働者に対する待遇に関する説明義務の強化
- 裁判外紛争解決手続き(行政ADR)の規定の整備等
待遇の違いについて、また、就業規則や賃金規定の見直しには、労使の話し合いが必要です。待遇の改善には、原資をどうするかなど、計画的に進めることが肝要です。
働き方改革は切実な人事施策
では、企業の働き方改革への取り組みはどの程度進んでいるのでしょうか?あしたのチームが2020年2月に実施した全国の経営者、人事担当者への調査によると「働き方改革に取り組んでいる」と回答した中小企業経営者は、42.0%。「現在取り組んでいないが今後行うことが決定している」10.7%と併せると、約半数が取り組みに対して意識的であることがわかります。
具体的な取り組み内容
また、取り組みの内容について訊いたところ、働き方改革の指針にそった内容であることがわかります。
経営者や人事担当者の課題感
多くの企業にとって、人材確保が課題となるなか、働き方改革は大企業のみならず、中小企業にとっても切実になっています。
- 人材採用
- 人材育成
- 人材の定着化
これらは、人事課題のトップ3です。この結果は、2019年、2020年と変わらず、人材に関する課題が企業にとっての永遠のテーマであることが伺えます。
働き手が働きやすいと感じる環境を整えることが、エンゲージメントを高めることにつながる、という例はこれまでにもご紹介しています。働き方改革による、枠組みの整備のほか、テレワークの浸透、副業の促進など、働き方が多様化してきている中、どう人材を定着化させるか、に悩んでいる経営者、人事担当者も多いのではないでしょうか。
参考:あしたのチーム 「数字で見る働き方改革」
改革の鍵となる「人事評価制度」
人事評価制度は、社員の能力や貢献度を評価し、処遇を決定するシステムです。個人のための制度にとどまらず、適切な人事評価制度は、社員個人の成長を促すだけでなく、生産性の向上により業績の向上につながります。働き方改革によって、労働時間が短縮するなか、個人のスキルアップは大きな鍵となります。
正当に評価されていると思える評価制度を作るには
制度を作るうえで大切なことは、待遇を一律で同じにするのではなく、社員が「正当に評価されている」と思えることです。そのためには、個人の能力や会社への貢献度をはかる項目や基準を決める「評価制度」、職務や待遇を示す「等級制度」、給与や賞与を決定する「報酬制度」の要素を整えていくことが重要です。
人事評価手法の変革
人事評価の手法は、アメリカの企業で導入されたものを取り入れる、という流れがありますが、お手本であるアメリカでは、人事評価に変革が起きています。
評価手法として国内で最も多く採用されているのは、1950年代にピーター・ドラッカーが提唱した目標管理制度「MBO(Management by Objective)」です。あらかじめ、個人やチームごとに目標を設定しておき、その達成度に応じて評価を行う手法です。
また、組織の中で高い業績をあげている社員に共通する行動特性を基準に、従業員の評価基準を定めるコンピテンシー評価も、1990年頃からソニーやアサヒビールといった大企業を中心に日本でも導入されています。
これらの手法は、評価すること自体が目的化している、社員をランク付けするような評価手法であるとして、現場とマネージメント層とのコミュニケーション不足による評価の不透明性、運用における時間的・心理的な負担、従業員満足度の低下などから、本来の目的である、人の成長を企業の成長につなげていく「人材マネジメント」において最適ではないという判断から、見直しが進んでいます。
コミュニケーションを軸にした、より柔軟性の高い制度へのシフト
背景にある要因として、人材の減少と、ビジネススピードの変化の速さがあげられます。
・人材の減少
少子高齢化による労働人口の減少により少数精鋭化するする中、人材を個別に評価し、いかに成長させていくのか、ひとりひとりの社員を「人財」としてマネジメントしていく方向への転換が見られます。
・ビジネス変化のスピードが加速
もともと日本の人事評価は、人材の貢献度を長期的、総合的に評価する傾向があります。前述したMBOは年1回の評価が基準となっています。しかし、ビジネスのスピードが加速する中、半年前の目標を修正することも発生します。そうした変化に柔軟にできる手法が模索されているのです。
こうした背景から、近年、取り入れられている手法に、360度評価、ノーレイティング、バリュー評価、OKRなどがあります。
評価手法 | 内容 |
---|---|
360度評価 | 上司だけでなく同僚、部下など複数の立場から従業員を多面的に評価する。360度フィードバックとも呼ばれる |
ノーレイティング | 数字やランクによる評価を廃し、上司との1on1による対話を通じてリアルタイムな目標設定、評価が可能 |
バリュー評価 | 会社のバリュー(価値観や行動指針)を、どのくらい実践できたかで評価を行う手法。数値ではなく定性的な評価。定量目標と組み合わせて導入するケースが多い |
OKR | Objectives and Key Resultsの略称。企業の目標と社員個人の目標とをリンクさせる目標管理方法。定期的に達成状況を評価するが、結果より達成へのプロセスやパフォーマンスを重視 |
人事評価制度で参考にしたい企業事例
株式会社メルカリ
日本で最初にOKRを取り入れたことで知られるメルカリ。2021年2月、メルカリグループでは人事評価制度を大幅にアップデートしています。働き方の多様化、ダイバーシティに配慮し、企業のバリューを体現するための人事評価制度を積極的に採用しています。柔軟性の高い人事評価制度への取り組みが注目を集めています。
Sansan株式会社
クラウド名刺管理サービスを提供するSansanは、全ての人事施策は「生産性向上」のために、をモットーにしたユニークな社内制度で知られます。IT企業や起業家が古民家を活用したサテライトオフィスを相次いで開設するなど、移住先としても人気を集める徳島県神山町。同社もオフィスを構えていますが、設置目的は福利厚生ではありません。「雑音や喧噪もなければ、遊びの誘惑もない環境が仕事に集中できる」という「生産性向上」のための取り組みで、業績も社員満足度も高まったといいます。明確なバリューを掲げている、人事施策の好例といえるでしょう。
アドビシステムズ株式会社
パッケージ販売からクラウドへとビジネスモデルを転換した2021年に、それまでの年間目標の達成度合いからランク付けを行う人事評価制度から、ノーレイティング制度「チェックイン」を導入したアドビシステムズ。裁量権は人事ではなく上司がもち、上司との定期的なコミュニケーションにより、「期待(Expectations)」、「フィードバック(Feedback)」「キャリア開発(Development)」を確認する新しい評価制度を運用しています。ランク付けの評価制度では社員からの不満が多かったそうですが、新制度導入後、社員のモチベーションも上昇。アメリカ版「働きがいのある会社」で2021年には17位となり、ランキングの常連となっています。
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まとめ
働き方改革と人事評価制度は互いに作用しあう関係にあることがわかりました。働き方改革の流れに押されて、従来の人事評価制度を見直す必要性を感じている企業も多いでしょう。他の企業の制度がそのまま自社に当てはまるとは限りませんが、人材マネジメントは、経営者、人事担当者だけのものでなく、同僚、部下など職場の全員で行っていく流れがトレンドになっています。一朝一夕では改革はできませんが、これを好機に制度を整え、会社のバリューを明確化することを通して会社の成長への道筋が見えてくるのではないでしょうか。