「人的資本経営」って言葉はよく聞くけど、実際には何をすることなのか、イメージが湧かない方も多いのではないでしょうか? この記事では、人的資本経営の定義や従来の人事管理との違い、メリット、そして具体的な事例などを交えながら、初心者の方にもわかりやすく解説していきます。
この記事を読めば、人的資本経営の本質を理解し、自社にとってどのような取り組みが必要なのかが見えてくるはずです。
Contents
「人的資本」ってなに?
「人的資本」という言葉は、近年ビジネスの場面でよく聞かれるようになりました。しかし、「人材」と何が違うのか、いまいちピンとこない人もいるのではないでしょうか?
「ヒト」は「資本」になる
従来、企業は「ヒト・モノ・カネ」を経営資源としてきました。このうち、「ヒト」は「人件費」として捉えられ、コスト削減の対象とされてきました。しかし、変化の激しい現代社会において、企業が競争を勝ち抜き、持続的な成長を遂げるためには、従業員一人ひとりの能力や創造性を最大限に引き出し、企業価値向上につなげていくことが重要です。そこで、「ヒト」をコストではなく、将来の利益を生み出す「資本」と捉え直そうという考え方が生まれました。これが「人的資本」という考え方です。
人的資本とは、従業員が持つ知識、スキル、経験、能力、創造性、そして潜在能力など、企業の価値を生み出す源泉となるものを指します。従業員一人ひとりが「人的資本」であり、企業は彼らを育成し、その能力を最大限に引き出すことで、企業価値を高めることができるのです。
経済産業省の資料では、「人的資本」を以下のように定義しています。
従来の考え方 | 人的資本の考え方 |
---|---|
ヒトはコスト | ヒトは資本 |
人材の획일化 | 従業員の個性・能力を重視 |
短期的な視点での人材活用 | 中長期的な視点での人材育成 |
人的資本経営の定義
人的資本経営の定義は、2020年5月に経済産業省が設置した「人的資本経営の実現に向けた検討会」にて、下記のように定められました。
出典:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書」
この定義は、従来の「人材」を「コスト」として捉える考え方から、
「人的資本」を企業価値向上のための「投資」と捉えるべきという考え方に転換したことを示しています。
また、「人的資本経営」は単なる人事戦略ではなく、
企業の持続的な成長のために、経営戦略と一体的に取り組むべき重要な経営課題として位置付けられています。
人的資本に関する情報開示
人的資本経営を推進するため、企業は、その現状や取り組みをステークホルダーに対して適切に開示することが求められます。
2023年3月、企業が投資家向けに財務情報を開示する際に、人的資本に関する情報を記載することが義務化されました。
具体的には、東京証券取引所のプライム市場に上場する企業に対し、
「人的資本への投資に関する考え方と基本的な方針」や「人材育成、流動性、エンゲージメントに関する指標と目標」などの開示が求められています。
開示項目 | 具体的内容 |
---|---|
人的資本に関する基本的な考え方 | 企業理念やビジョンを実現する上での人的資本の重要性、人材育成の方針、多様性やインクルージョンに関する考え方などを記載 |
指標と目標 | 従業員のエンゲージメント、人材の多様性、離職率、研修時間など、人的資本に関する具体的な指標と目標値を設定し、その進捗状況を開示 |
戦略・リスク管理・目標達成に向けた取り組み | 人材育成プログラムの内容、多様性を促進するための取り組み、従業員の健康や働きがいを高めるための施策、人材の配置や登用に関する方針などを記載 |
これらの情報開示は、企業が人的資本をどのように捉え、どのように投資を行っているかを明らかにすることで、
投資家をはじめとするステークホルダーからの理解と信頼を得ることを目的としています。
従来の「人材」と「人的資本」の違い
企業にとって、働く人は貴重な財産です。しかし、その捉え方は、従来の「人材」と、これからの「人的資本」では大きく異なります。ここでは、その違いを具体的に見ていきましょう。
従来の人事管理
従来の人事管理は、労働者を「コスト」として捉え、いかに効率的に業務を回すかに重点が置かれていました。従業員は、指示された業務を決められた時間内にこなす「労働力」と見なされがちでした。
- 従業員を「コスト」と捉える 人件費は企業にとって大きなコストです。そのため、従来の人事管理では、人件費をいかに抑制するかが重要なテーマでした。人員削減や賃金カットなどがその代表例です。
- 標準化・均質化 効率的に業務を遂行するために、マニュアルや規則を整備し、従業員を標準化・均質化する傾向がありました。個人の能力や個性よりも、組織全体の統一性を重視していました。
- 年功序列型賃金 日本では、長年、年功序列型賃金システムが一般的でした。これは、勤続年数や年齢が上がるほど賃金も上がるという仕組みで、従業員の長期雇用を促進する一方、個人の能力や成果が必ずしも反映されないという側面もありました。
これからの人的資本経営
一方で、人的資本経営は、従業員一人ひとりを「資本」と捉え、その能力や個性を最大限に引き出すことで、企業の成長につなげようとする考え方です。従業員は、企業価値を創造する上で欠かせない「経営資源」と位置付けられます。
- 従業員を「資本」と捉える 人的資本経営では、従業員への投資は「コスト」ではなく、将来の企業価値向上のための「投資」と捉えます。従業員の能力開発やエンゲージメント向上に取り組むことで、企業の競争力を高めることを目指します。
- 個性と多様性を重視 グローバル化や技術革新が進む中、企業は変化への対応力や創造性を高めていくことが求められます。そのため、従業員一人ひとりの個性や多様性を尊重し、それぞれの強みを活かすことが重要視されます。
- 能力・成果に基づく評価と処遇 従業員のモチベーションを高め、能力を最大限に発揮させるためには、公平で透明性の高い評価システムが不可欠です。能力や成果に基づいて評価を行い、それに応じた報酬や昇進の機会を提供することで、従業員の成長意欲を高めます。
項目 | 従来の人事管理 | これからの人的資本経営 |
---|---|---|
人の捉え方 | コスト | 資本 |
重視する点 | 効率性・標準化 | 個性・多様性 |
評価基準 | 年功序列・勤続年数 | 能力・成果 |
育成方法 | 一括研修・OJT | 個別研修・自己啓発支援 |
目的 | コスト削減 | 企業価値向上 |
このように、従来の人事管理とこれからの人的資本経営では、人の捉え方や重視する点が大きく異なります。経済産業省の資料「人材版伊藤レポート」では、この変化を「人材から人的資本へ」と表現し、日本企業が目指すべき方向性を示しています。従来の「人材」という概念では、画一的な能力開発や年功序列型の評価・処遇が中心でしたが、「人的資本」という概念では、従業員一人ひとりの個性や能力を最大限に引き出し、企業価値向上に繋げていくことが求められます。
人的資本経営が注目される背景
近年、日本企業において「人的資本経営」が注目されています。これは、従来の短期的な視点に立った「人件費」という考え方から脱却し、従業員一人ひとりを「資本」と捉え、その能力やエンゲージメントを高めることで、企業の持続的な成長と価値創造につなげようという考え方です。この背景には、以下のような社会経済的な変化が挙げられます。
日本企業を取り巻く環境の変化
グローバル化の進展と競争の激化
グローバル化が進展する中、日本企業は、世界中の企業と競争を繰り広げなければならなくなりました。製品やサービスの差別化がますます困難になる中、企業は、競争優位の源泉を「ヒト」に求めるようになっています。優秀な人材の確保・育成は、企業の成長に不可欠な要素となっています。
デジタル化・IT化の加速
AI、IoT、ビッグデータなどの技術革新が急速に進展し、ビジネスモデルや働き方が大きく変化しています。このような変化に対応できる、高いデジタルリテラシーと専門性を備えた人材の重要性が高まっています。企業は、従業員のデジタルスキル向上のための投資が求められています。
少子高齢化による労働力不足
日本は、世界でも有数の少子高齢化社会に直面しており、労働力人口の減少は深刻な問題となっています。企業は、限られた労働力を有効活用し、生産性を向上させることが求められています。従業員の能力を最大限に引き出し、活躍を促進する人的資本経営の重要性が高まっています。
人的資本への投資の重要性
従来の会計基準では、従業員への投資は「コスト」として扱われてきました。しかし、従業員のスキルや知識、経験は、企業にとって重要な無形資産です。人的資本への投資は、従業員の能力向上、エンゲージメント向上、定着率向上など、様々な効果をもたらし、企業価値向上に貢献します。投資効果を可視化し、戦略的に人的資本を投下していくことが求められます。
持続可能な社会
近年、SDGs(持続可能な開発目標)への関心の高まりから、企業は経済的価値だけでなく、社会的価値の創造も求められています。従業員の働きがい、ワークライフバランス、ダイバーシティ&インクルージョンなど、従業員一人ひとりのwell-beingを重視する経営が求められています。従業員が働きがいを感じ、能力を最大限に発揮できる環境を作ることは、企業の持続的な成長だけでなく、社会全体の持続可能性にも貢献します。
これらの背景から、企業は、従業員を「コスト」ではなく「未来への投資」と捉え、人的資本への投資を積極的に行い、企業価値向上につなげていくことが求められています。従業員のエンゲージメントを高め、能力を最大限に引き出すための戦略的な取り組みが、企業の持続的な成長と社会の発展に不可欠です。
参考資料:
人的資本経営のメリット
人的資本経営には、企業側と従業員側の双方に多くのメリットがあります。ここでは、それぞれのメリットについて詳しく解説していきます。
企業側のメリット
企業側が人的資本経営を行うことによって得られるメリットとしては、以下の点が挙げられます。
企業価値向上
人的資本経営では、従業員の能力やエンゲージメントを高めることで、企業の生産性や収益性の向上を目指します。この結果、企業の将来的な収益力に対する期待感が高まり、投資家からの評価向上や資金調達力の強化、企業ブランドの向上など、企業価値向上に繋がる可能性があります。特に、近年ではESG投資の広がりもあり、人的資本への投資を重視する企業は、投資家から高い評価を受ける傾向にあります。
経済産業省は、「人的資本経営の実践」において、「従業員のエンゲージメントや人材の多様性が高い企業は、そうでない企業に比べて、1株当たり利益(EPS)やROEなどの財務指標が高くなる傾向にある」と報告しています。これは、人的資本への投資が、企業の収益向上に貢献することを示唆しています。
競争力強化
変化の激しい現代社会において、企業は常に競争優位性を築き、持続的な成長を実現していく必要があります。人的資本経営を実践することで、従業員の能力向上やイノベーションの促進、組織全体の活性化などが期待できます。結果として、他社との差別化や新たな顧客価値の創出に繋がり、市場における競争力を強化することが可能となります。
例えば、顧客ニーズが多様化する中で、従業員一人ひとりの能力を最大限に引き出し、それぞれが自律的に考え行動できる環境を作ることで、柔軟かつスピーディーな顧客対応が可能となり、顧客満足度の向上に繋がります。また、従業員の自由な発想やアイデアを積極的に取り入れる企業文化を醸成することで、革新的な製品やサービスを生み出す可能性も高まります。
優秀な人材の確保
優秀な人材は、企業の成長にとって不可欠な要素です。しかし、少子高齢化が進む日本では、労働力人口の減少が深刻化しており、優秀な人材の獲得競争はますます激化しています。このような状況下において、従業員を「資本」と捉え、その成長に投資する人的資本経営は、優秀な人材にとって魅力的な選択肢となり、採用活動の優位性を高めることに繋がります。
特に、ミレニアル世代やZ世代といった若い世代を中心に、仕事を通して自身の成長を実感できる環境や、ワークライフバランスを重視する傾向が強まっています。人的資本経営を推進し、従業員が働きがいを感じられる環境を整備することで、企業は優秀な人材を獲得しやすくなるだけでなく、定着率の向上も見込めます。
従業員側のメリット
従業員側が人的資本経営の恩恵を受ける点は、以下の点が挙げられます。
能力開発・スキルアップ
人的資本経営では、従業員の能力開発やスキルアップを重視し、研修や教育訓練、自己啓発支援などの機会が提供されます。従業員はこれらの機会を活用することで、自身の能力を高め、市場価値の高い人材へと成長することができます。また、キャリアアップやキャリアチェンジなど、自身のキャリアプランを実現するための選択肢を広げることが可能となります。
従来の年功序列型の人事制度では、個々の従業員の能力や意欲に関わらず、一律的な研修や教育訓練が行われることが一般的でした。しかし、人的資本経営では、個々の従業員のキャリア目標や能力開発ニーズに合わせた、きめ細やかな人材育成プログラムが提供されます。そのため、従業員はより効率的に、自身のキャリア形成に役立つ知識やスキルを身につけることができます。
働きがい・やりがい
従業員は、自身の仕事が企業の成長に貢献していると実感することで、働きがいを感じ、モチベーションを高めることができます。人的資本経営では、従業員の意見やアイデアを積極的に吸い上げ、意思決定に反映させるなど、従業員一人ひとりの貢献を可視化する取り組みが行われます。また、自律的な働き方を促進し、責任と権限を与えられることで、従業員は自身の仕事にやりがいを感じ、主体的に業務に取り組むようになります。
従来型のトップダウン式の組織運営では、従業員は指示された業務をこなすだけで、自身の仕事が企業の成長にどのように貢献しているのかを実感しにくい状況でした。しかし、人的資本経営では、従業員が積極的に意見を出し、自ら課題解決に取り組むことが推奨されます。そのため、従業員は自身の仕事が企業の成長に繋がっていると実感しやすく、高いモチベーションを維持しながら働くことができます。
報酬・待遇の向上
人的資本経営では、従業員の貢献度や能力、成果に応じた、公正な評価と処遇が行われます。従業員は、自身の努力が適切に評価され、報酬や待遇に反映されることで、更なるモチベーション向上や能力発揮に繋がります。また、企業の業績向上に伴い、従業員への還元も期待できるため、従業員は企業の成長を実感しながら働くことができます。
従来の年功序列型の賃金体系では、従業員の年齢や勤続年数に応じて賃金が決定されるため、個々の従業員の能力や成果が必ずしも反映されているとは言えませんでした。しかし、人的資本経営では、従業員の能力や成果を適切に評価し、それに応じた報酬や待遇を提供することで、従業員のモチベーション向上と人材の流動化を促進します。
人的資本経営を推進するためのポイント
人的資本経営を推進するためには、以下のポイントを踏まえて戦略的に取り組む必要があります。
経営戦略との連携
人的資本経営は、単なる人事戦略ではなく、企業全体の経営戦略と密接に連携している必要があります。企業のビジョンや目標を達成するために、人的資本をどのように活用するのか、明確な戦略を策定することが重要です。
人材育成への投資
従業員の能力開発は、人的資本経営の根幹を成す要素の一つです。従業員のスキルアップやキャリアアップを支援するために、研修制度の充実や自己啓発支援、資格取得支援など、積極的に投資を行う必要があります。社員一人ひとりの成長が、企業の成長に繋がると認識し、継続的な人材育成に取り組むことが重要です。
適切な評価と処遇
従業員の貢献度や能力を適正に評価し、それに見合った処遇を行うことは、従業員のモチベーション向上に繋がります。成果主義を取り入れるだけでなく、プロセスや行動、能力も評価対象に含めるなど、多面的な評価制度を導入することが求められます。また、評価結果を給与や昇進に反映させるだけでなく、フィードバックを通じて従業員の成長を促すことが重要です。
働きやすい環境づくり
従業員が最大限能力を発揮できるよう、働きやすい環境を整備することも重要です。柔軟な働き方を選択できる制度(テレワークやフレックスタイム制など)や、ワークライフバランスを支援する制度を導入することで、従業員のエンゲージメントや生産性を向上させることができます。また、ハラスメント対策やメンタルヘルス対策など、従業員が安心して働ける職場環境づくりも重要です。
多様性と包容性の促進
グローバル化や技術革新が進む現代において、多様なバックグラウンドを持つ人材が活躍できる環境づくりが求められます。性別、年齢、国籍、文化、価値観などの違いを認め合い、互いに尊重し合える組織文化を築くことが重要です。多様な視点を生かすことで、イノベーションを促進し、企業の競争力を高めることができます。具体的な取り組みとしては、ダイバーシティ研修の実施や、女性管理職の登用、外国籍社員の採用などが挙げられます。重要なのは、数値目標を達成することではなく、多様性を受け入れる土壌を組織に根付かせることです。
モニタリングと改善をする
人的資本経営は、一度導入すれば終わりではありません。定期的にPDCAサイクルを回し、現状を分析し、改善策を講じる必要があります。従業員満足度調査や人事データの分析などを通じて、現状を把握し、課題を明確化し、改善策を実行し、その効果を検証することで、より効果的な人的資本経営を実現することができます。また、外部環境の変化に合わせて、柔軟に戦略を見直すことも重要です。
これらのポイントを踏まえ、自社の課題や状況に合わせて、戦略的に人的資本経営を推進していくことが重要です。
参考資料:経済産業省「人的資本経営について」
人的資本経営の事例
ここからは、実際に人的資本経営に取り組んでいる企業の事例を2つ紹介します。これらの企業がどのような取り組みを行い、どのような成果を上げているのかを見ていきましょう。
事例1:株式会社ワークスアプリケーションズ
業務アプリケーションソフト開発の株式会社ワークスアプリケーションズは、「従業員一人ひとりが最大限の能力を発揮できる環境を提供することで、企業価値向上を目指す」という理念のもと、独自の人的資本経営を実践しています。
主な取り組み
- 人材育成プログラム「ワークスアカデミー」
- 評価制度「パフォーマンス・バリュー・システム」
- 働き方改革
成果
- 社員のエンゲージメント向上
- 企業競争力の強化
事例2:株式会社サイバーエージェント
インターネット広告事業の株式会社サイバーエージェントは、「人材こそが最大の資産」という考えのもと、社員一人ひとりの成長を重視した人的資本経営に取り組んでいます。
主な取り組み
- 新規事業創出制度「ABEMA」
- 「キャリアチャレンジ制度」
- 人材育成投資
成果
- 優秀な人材の獲得・育成
- イノベーションの創出
これらの企業は、人的資本経営への戦略的な投資を通じて、従業員の能力向上と企業の成長を同時に実現しています。これらの事例は、人的資本経営が企業にもたらす影響の大きさを示すとともに、今後の日本企業にとって重要な経営戦略であることを示唆しています。
人的資本経営を実現するための3P・5Fモデル
人的資本経営を推進する上で、具体的な取り組みを検討する際に役立つフレームワークとして、「3P」と「5F」があります。従業員一人ひとりの才能を最大限に引き出し、企業の成長につなげるために、これらのフレームワークを活用していくことが重要です。
3Pとは
3Pとは、「Philosophy(理念・ビジョン)」、「Principles(行動原則)」、「Processes(人事プロセス)」の3つの要素の頭文字をとったものです。経済産業省が「人材版伊藤レポート2.0」の中で提唱した考え方であり、企業理念に基づいた人事戦略を策定し、実行していくためのフレームワークとして用いられます。
Philosophy(理念・ビジョン)
企業が目指す方向性や存在意義を明確に示す「理念」や「ビジョン」は、従業員一人ひとりの行動指針となり、企業全体のベクトルを統一する上で重要です。理念やビジョンを共有することで、従業員のエンゲージメントや帰属意識が高まり、企業への貢献意欲の向上に繋がります。
Principles(行動原則)
行動原則とは、従業員が仕事に取り組む上での判断基準や行動規範となるものです。企業理念を実現するために、従業員一人ひとりがどのような価値観を持ち、どのように行動すべきかを明確にすることで、一貫性のある行動を促進することができます。行動原則を定めることで、従業員が自律的に行動できるようになり、企業文化の醸成にも繋がります。
Processes(人事プロセス)
人事プロセスとは、人材の採用から育成、評価、配置、報酬まで、従業員のライフサイクル全体に関わる人事関連の仕組みを指します。3Pモデルでは、理念・ビジョン、行動原則に基づいた人事プロセスを構築することで、戦略的な人的資本経営を実現できるとされています。従業員の能力開発やキャリア形成を支援する仕組みを整えることで、従業員の成長を促し、企業の競争力強化に繋げることが重要です。
5Fとは
5Fとは、「Find(発見)」、「Fit(適合)」、「Form(形成)」、「Foster(育成)」、「Fruits(成果創出)」の5つの要素の頭文字をとったもので、一橋大学の伊藤邦雄教授が提唱した「人的資本経営」を実現するためのフレームワークです。従業員の才能を最大限に引き出し、企業の成長に繋げるためのプロセスを示しています。
Find(発見)
「発見」とは、従業員一人ひとりの個性や強み、潜在能力などを把握することを指します。従来の画一的な評価ではなく、多面的な評価制度を導入することで、従業員の個性や潜在能力を正確に把握することが重要です。適切なアセスメントツールを活用するなど、客観的なデータに基づいた評価を実施することで、従業員の才能を見出すことができます。
Fit(適合)
「適合」とは、従業員の個性や強みを活かせるように、最適な仕事や役割に配置することを指します。適材適所の配置を実現することで、従業員のモチベーションやパフォーマンスを最大化することができます。そのためには、ジョブローテーションやプロジェクトへの参加など、様々な経験を通じて従業員の適性を見極めることが重要です。
Form(形成)
「形成」とは、従業員が能力を発揮するために必要な知識やスキルを習得させることを指します。研修や教育プログラムなどを実施することで、従業員のスキルアップを図り、企業の競争力強化に繋げることが重要です。従業員のキャリアプランに合わせて、必要な研修を提供することで、自律的なキャリア形成を支援することができます。
Foster(育成)
「育成」とは、従業員が将来的にリーダーシップを発揮したり、新たな価値を創造したりできるよう、計画的に育成することを指します。メンター制度やコーチングなどを導入することで、従業員の成長をサポートし、将来のリーダー候補を育成することが重要です。従業員一人ひとりのキャリアビジョンを共有し、その実現に向けて必要な支援を行うことで、長期的な成長を促すことができます。
Fruits(成果創出)
「成果創出」とは、従業員が能力を最大限に発揮し、企業の業績向上に貢献することです。従業員の成果を適切に評価し、報酬や昇進に反映させることで、更なるモチベーション向上に繋げることが重要です。また、従業員の成果を可視化し、フィードバックを提供することで、更なる成長を促すことができます。
これらのフレームワークは、企業規模や業種に関わらず、あらゆる企業にとって重要な考え方です。3Pと5Fを参考に、自社の課題や状況に合わせて、具体的な取り組みを検討していくことが重要です。
よくある質問
Q1:人的資本経営は中小企業でも取り組めますか?
はい、中小企業でも人的資本経営に取り組むことは可能です。規模の大小にかかわらず、人的資本は企業にとって重要な経営資源です。むしろ、従業員一人ひとりの影響力が大きい中小企業にとって、人的資本経営は成長の鍵となります。
重要なのは、自社の経営課題や目指す方向性に合わせて、人的資本経営の考え方を柔軟に取り入れることです。人的資本経営は、大企業のように複雑な制度や多額の投資を必要とするものではありません。従業員とのコミュニケーションを密にし、それぞれの強みを活かせる環境づくりや人材育成に取り組むことから始めましょう。
例えば、従業員のスキルや経験を可視化し、それぞれのキャリアパスを検討する機会を設ける、あるいは、従業員の意見を積極的に聞き取り、業務改善や新規事業創出に繋げるなど、中小企業ならではの取り組み方があります。また、ITツールを活用することで、人事評価や人材データ分析を効率化することも可能です。
中小企業庁の「中小企業における人材戦略ガイドブック」なども参考にしつつ、自社に合った方法で人的資本経営を進めていきましょう。
Q2:人的資本を可視化するにはどうすればよいですか?
人的資本を可視化することは、現状を把握し、今後の経営戦略や人材育成計画に繋げていく上で非常に重要です。可視化には、客観的なデータと従業員一人ひとりの能力や意識といった定性的な情報を組み合わせて多角的に評価することが大切です。
具体的な方法としては、以下のようなものがあります。
1. 人事データの活用
従業員の年齢、勤続年数、スキル、経験、評価、研修履歴など、人事システムに蓄積されているデータを分析することで、人材の全体像を把握することができます。例えば、年齢構成やスキルマップを作成することで、将来的な人材不足やスキルギャップを予測することができます。
2. スキル・能力の可視化
従業員が保有するスキルや能力を、資格取得状況や自己申告、上司評価などを用いて可視化します。可視化ツールとしては、スキルマップや人材ポートフォリオなどが挙げられます。これらの情報を活用することで、適材適所の人材配置や、個々のキャリア開発を支援することができます。
3. 従業員エンゲージメント調査
従業員エンゲージメント調査を実施することで、従業員の仕事に対する意識や満足度、会社への愛着などを把握することができます。質問項目としては、「仕事にやりがいを感じているか」「自分の仕事が会社の目標達成に貢献していると感じるか」「会社や上司への信頼感」などが挙げられます。従業員エンゲージメント調査の結果は、従業員のモチベーション向上や定着率向上のための施策に活用することができます。
4. 従業員満足度調査
従業員満足度調査は、従業員の会社に対する満足度を測定するものです。調査項目としては、「労働時間」「賃金」「福利厚生」「職場環境」「人間関係」などが挙げられます。従業員満足度調査の結果は、労働環境の改善や待遇改善に活用することができます。
5. パフォーマンスデータの活用
売上、顧客満足度、プロジェクトの達成度など、従業員のパフォーマンスに関するデータを収集・分析することで、従業員の貢献度を可視化することができます。パフォーマンスデータは、人事評価や報酬に反映させることができます。
これらの情報を統合的に分析することで、自社の人的資本の強みや課題を明確化し、効果的な人材戦略を立てることができます。また、可視化された情報は従業員と共有することで、自身のキャリアプランやスキルアップ目標を明確にすることにも役立ちます。
人的資本を可視化するためのツールやシステムも数多く開発されています。自社の課題や目的に合ったものを選定し、効果的に活用していくことが重要です。
まとめ
今回は人的資本経営について、その定義や従来の人事管理との違い、メリット、そして具体的な事例などを交えながら解説しました。 人的資本経営は、企業が「人」を単なるコストと捉えるのではなく、「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、企業の成長と従業員の幸せを両立させる経営戦略です。 少子高齢化やグローバル化が進む中で、企業が持続的な成長を遂げるためには、人的資本への投資がこれまで以上に重要となっています。 本記事を参考に、人的資本経営への理解を深め、自社の課題や状況に合わせて、取り組みを進めていきましょう。